妙法蓮華経 信解品 第四

 

世尊 我等 今者 楽わくは 譬喩を説いて 以て 斯の義を明さん

譬えば 人あって 年 既に幼稚にして 父を捨てて 逃逝し 久しく 他国に住して 或は十 二十より 五十歳に至る 年 既に長大して 加 復 窮困し 四方に馳騁して 以て 衣食を求め 漸漸に遊行して 本国に遇い向いぬ

其の父 先より 来 子を求むるに 得ずして 一城に中止す 其の家 大に富んで 財宝無量なり 金 銀 瑠璃 珊瑚 琥珀 頗黎珠等 其の 諸の倉庫に 悉く 皆 盈溢せり 多く 僮僕 臣佐 吏民あって 象 馬 車乗 牛 羊 無数なり 出入息利すること 乃ち 他国に徧し 商估 賈客 亦 甚だ衆多なり

時に 貧窮の子 諸の聚落に遊び 国邑に経歴して 遂に 其の父の 所止の城に到りぬ

父 毎に子を念う 子と離別して 五十余年 而も 未だ曾て 人に向って 此の如きの事を説かず 但 自ら思惟して 心に悔恨を懐いて 自ら 念わく 老朽して 多く 財物あり 金 銀 珍宝 倉庫に 盈溢すれども 子息あることなし 一旦に 終沒しなば 財物散失して 委付する所なけん

是を以て 慇懃に 毎に其の子を憶う 復 是の念を作さく 我 若し子を得て 財物を委付せば 坦然快楽にして 復 憂慮なけん

世尊 爾の時に 窮子 傭賃展転して 父の舎に遇い到りぬ 門の側に 住立して 遥かに其の父を見れば 師子の牀に踞して 宝几 足を承け 諸の 婆羅門 刹利 居士 皆 恭敬し 圍繞せり 真珠 瓔珞の 価直 千万なるを以て 其の身を荘厳し 吏民 僮僕 手に 白払を執って 左右に侍立せり 覆うに 宝帳を以てし 諸の華旛を垂れ 香水を地に灑ぎ 衆の名華を散じ 宝物を羅列して 出内 取与す 是の如き等の 種々の厳飾あって 威徳特尊なり

窮子 父の 大力勢あるを見て 即ち恐怖を懐いて 此に来至せることを悔ゆ 窃かに是の念を作さく 此れ 或は是れ 王か 或は是れ 王と等しきか 我が 傭力して 物を得べきの処に非ず 如かじ 貧里に往至して 肆力 地あって 衣食 得易からんには 若し 久しく此に住せば 或は 逼迫せられ 強いて 我をして 作さしめん 是の念を作し已って 疾く走って去りぬ

時に 富める長者 師子の座に於て 子を見て便ち識りぬ 心 大に歓喜して 即ち 是の念を作さく 我が財物 庫蔵 今 付する所あり 我 常に 此の子を思念すれども 之を見るに 由なし 而るを忽ちに 自ら来れり 甚だ 我が願に 適えり 我 年 朽ちたりと雖も 猶故 貧惜す

 

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