妙法蓮華経 譬諭品 第三

爾の時に舎利弗 仏に白して言さく

世尊 我今 復疑悔なし 親り 仏前に於て 阿耨多羅三藐三菩提の 記を受くることを得たり 是の 諸の 千二百の 心 自在なる者 昔 学地に住せしに 仏 常に教化して言わく 我が法は 能く 生 老 病 死を 離れて 涅槃を究竟すと 是の 学 無学の人 亦 各 自ら 我見 及び 有無の見等を 離れたるを以て 涅槃を得たりと謂えり 而るに今 世尊の前に於て 未だ聞かざる所を聞いて 皆 疑惑に堕せり 善哉 世尊 願わくは 四衆の為に 其の因縁を説いて 疑悔を離れしめたまえ

爾の時に仏 舎利弗に告げたまわく 我先に 諸仏世尊の 種種の因縁 譬諭 言辞を以て 方便して法を説きたもうは 皆 阿耨多羅三藐三菩提の為なりと 言わずや 是の諸の所説は 皆 菩薩を化せんが為の故なり 然も 舎利弗 今 当に 復 譬諭を以て 更に此の義を明すべし 諸の智あらん者 譬諭を以て 解ることを得ん

舎利弗 国邑 聚落に 大長者あらん 其の年 衰邁して 財富無量なり 多く 田宅 及び諸の僮僕あり 其の家 広大にして 唯 一門あり 諸の人衆 多くして 一百 二百 乃至 五百人 其の中に止住せり 堂閣 朽ち 故り 牆壁 頽れ 落ち 柱根 腐ち 敗れ 梁棟 傾き 危し 周ソウして 倶時にコツ然に火起って 舎宅を焚焼す 長者の諸子 若しは 十 二十 或は 三十に至るまで 此の宅の中にあり

長者 是の大火の四面より 起るを見て 即ち 大に驚怖して 是の念を作さく 我は能く 此の 所焼の門より 安穏に出ずることを 得たりと雖も 而も諸子等 火宅の内に於て 嬉戲に楽著して 覚えず 知らず 驚かず 怖じず 火 来って身を逼め 苦痛 己を切むれども 心 厭患せず 出でんと求むる意なし 舎利弗 是の長者 是の思惟を作さく 我 身手に力あり 当に 衣コクを以てや 若しは 几案を以てや 舎より之を出すべき 復 更に思惟すらく 是の舎は 唯一門あり 而も復 狭小なり 諸子 幼稚にして 未だ識る所あらず 戲処に恋著せり 或は当に 堕落して 火に焼かるべし 我当に 為に 怖畏の事を説くべし 此の舎 已に焼く 宜しく時に 疾く出でて 火に焼害せられしむることなかるべし 是の念を作し已って 思惟する所の如く 具さに 諸子に告ぐ 汝等 速かに出でよと 父 憐愍して 善言をもって 誘諭すと雖も 而も 諸子等 嬉戲に 楽著し 肯て信受せず 驚かず 畏れず 了に 出ずる心なし 亦復 何者か 是れ火 何者か 為れ舎 云何なるをか 失うと為すを知らず 但 東西に走り 戲れて 父を視て已みぬ 爾の時に 長者 即ち 是の念を作さく 此の舎 已に 大火に焼かる 我 及び 諸子 若し時に 出でずんば 必ず焚かれん 我 今 当に 方便を設けて 諸子等をして 斯の害を免るることを 得せしむべし 父 諸子の先心に 各 好む所ある 種種の珍玩 奇異の物には 情 必ず 楽著せんと知って 之に告げて言わく 汝等が 玩好するところは 希有にして得難し 汝 若し 取らずんば 後に必ず憂悔せん 此の如き 種種の羊車 鹿車 牛車 今 門外にあり 以て 遊戲すべし 汝等 此の火宅より 宜しく速かに 出で来るべし 汝が所欲に随って 皆 当に 汝に与うべし 爾の時に諸子 父の所説の 珍玩の物を聞くに 其の願に 適えるが故に 心 各 勇鋭して 互に 相推排し 競うて 共に馳走し 争うて 火宅を出ず

 

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