妙法蓮華経 譬諭品 第三 訓読 全文

妙法蓮華経 譬諭品 第三

爾の時に舎利弗踊躍歓喜して即ち起って合掌し尊顔を瞻仰して仏に白して言さく今世尊に従いたてまつりて此の法音を聞いて心に踊躍を懐き未曾有なることを得たり

所以は何ん我昔仏に従いたてまつりて是の如き法を聞き諸の菩薩の受記作仏を見しかども而も我等は斯の事に預らず甚だ自ら如来の無量の知見を失えることを感傷しき

世尊我常に独り山林樹下に処して若しは坐し若しは行じて毎に是の念を作しき我等も同じく法性に入れり云何ぞ如来小乗の法を以て済度せらると是れ我等が咎なり世尊には非ず

所以は何ん若し我等所因の阿耨多羅三藐三菩提を成就することを説きたもうを待たば必ず大乗を以て度脱せらるることを得ん然るに我等方便随宜の所説を解らずして初め仏法を聞いて遇便ち信受し思惟して証を取れり世尊我昔より来終日竟夜毎に自ら剋責しき

而るに今仏に従いたてまつりて未だ聞ざる所の未曾有の法を聞いて諸の疑悔を断じ身意泰然として快く安穏なることを得たり今日乃ち知んぬ真に是れ仏子なり仏口より生じ法化より生じて仏法の分を得たり

爾の時に舎利弗重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言さく

我是の法音を聞いて未曾有なる所を得て
心に大歓喜を懐き疑網皆已に除こりぬ

昔より来仏教を蒙って大乗を失わず
仏の音は甚だ希有にして能く衆生の悩を除きたもう
我已に漏尽を得れども聞いて亦憂悩を除く

我山谷に処し或は林樹の下に在って
若しは坐し若しは経行して常に是の事を思惟し
鳴呼して深く自ら責めき云何ぞ而も自ら欺ける
我等も亦仏子にして同じく無漏の法に入れども
未来に無上道を演説すること能わず
金色三十二十力諸の解脱
同じく共に一法の中にして此の事を得ず
八十種の妙好十八不共の法
是の如き等の功徳而も我皆已に失えり
我独経行せし時仏大衆に在して
名聞十方に満ち広く衆生を饒益したもうを見て
自ら惟わく此の利を失えり我為れ自ら欺誑せりと
我常に日夜に毎に是の事を思惟して
以て世尊に問いたてまつらんと欲す
為めて失えりや為めて失わずや
我常に世尊を見たてまつるに諸の菩薩を称讃したもう
是を以て日夜に此の如き事を籌量しき
今仏の音声を聞きたてまつるに
宜しきに随って法を説きたまえり
無漏は思議し難し衆をして道場に至らしむ
我本邪見に著して諸の梵志の師と為りき
世尊我が心を知しめして
邪を抜き涅槃を説きたまいしかば
我悉く邪見を除いて空法に於て証を得たり
爾の時に心に自ら謂いき滅度に至ることを得たりと

而るに今乃ち自ら覚りぬ是れ実の滅度に非ず
若し作仏することを得ん時は三十二相を具し
天人夜叉衆龍神等恭敬せん
是の時乃ち謂うべし永く尽滅して余なしと
仏大衆の中に於て我当に作仏すべしと説きたもう
是の如き法音を聞きたてまつりて
疑悔悉く已に除りぬ
初め仏の所説を聞いて心中大に驚疑しき
将に魔の仏と作って我が心を悩乱するに非ずやと
仏種種の縁譬諭を以て巧みに言説したもう
其の心安きこと海の如し我聞いて疑網断じぬ
仏説きたまわく過去世の無量の滅度の仏も
方便の中に安住して亦皆是の法を説きたまえり
現在未来の仏其の数量りあること無きも
亦諸の方便を以て是の如き法を演説したもう
今者の世尊の如きも生じたまいし従り及び出家し
得道し法輪を転じたもうまで亦方便を以て説きたもう
世尊は実道を説きたもう波旬は此の事無し
是を以て我定めて知んぬ是れ魔の仏と作るには非ず
我疑網に堕するが故に是れ魔の所為と謂えり
仏の柔軟の音深遠に甚だ微妙にして
清浄の法を演暢したもうを聞いて我が心大に歓喜し
疑悔永く已に尽き実智の中に安住す
我定めて当に作仏して天人に敬わるることを為
無上の法輪を転じて諸の菩薩を教化すべし

爾の時に仏舎利弗に告げたまわく

吾今天人沙門婆羅門等の大衆の中に於て説く我昔曾て二万億の仏の所に於て無上道の為の故に常に汝を教化す汝亦長夜に我に随って受学しき我方便を以て汝を引導せしが故に我が法の中に生ぜり

舎利弗我昔汝をして仏道を志願せしめき汝今悉く忘れて便ち自ら已に滅度を得たりと謂えり

我今還って汝をして本願所行の道を憶念せしめんと欲するが故に諸の声聞の為に是の大乗経の妙法蓮華教菩薩法仏所護念と名くるを説く

舎利弗汝未来世に於て無量無辺不可思議劫を過ぎて

若干千万億の仏を供養し正法を奉持し菩薩所行の道を具足して

当に作仏することを得べし号を華光如来応供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師仏世尊といい国を離垢と名けん其の土平正にして清浄厳飾に安穏豊楽にして天人熾盛ならん瑠璃を地となして八つの交道あり黄金を縄と為して以て其の側を界い其の傍に各七宝の行樹あって常に華果あらん

華光如来亦三乗を以て衆生を教化せん舎利弗彼の仏出でたまわん時は悪世に非ずと雖も本願を以ての故に三乗の法を説かん

其の劫を大宝荘厳と名けん何が故に名けて大宝荘厳という其の国の中には菩薩を以て大宝と為すが故なり

彼の諸の菩薩無量無辺不可思議にして算数譬諭も及ぶこと能わざる所ならん仏の智力に非んば能く知る者なけん若し行かんと欲する時は宝華足を承く此の諸の菩薩は初めて意を発せるに非ず皆久しく徳本を植えて無量百千万億の仏の所に於て浄く梵行を修し恒に諸仏に称歎せらるることを為常に仏慧を修し大神通を具し善く一切諸法の門を知り質直無偽にして志念堅固ならん是の如き菩薩其の国に充満せん

舎利弗華光仏は寿十二小劫ならん王子と為て未だ作仏せざる時をば除く其の国の人民は寿八小劫ならん

華光如来十二小劫を過ぎて堅満菩薩に阿耨多羅三藐三菩提の記を授け諸の比丘に告げん是の堅満菩薩次に当に作仏すべし号を華足安行多陀阿伽度阿羅訶三藐三仏陀といわん其の仏の国土も亦復是の如くならんと

舎利弗是の華光仏の滅度の後正法世に住すること三十二小劫像法世に住すること亦三十二小劫ならん

爾の時に世尊重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言わく

舎利弗来世に仏普智尊と成って
号を名けて華光といわん当に無量の衆を度すべし
無数の仏を供養し菩薩の行
十力等の功徳を具足して無上道を証せん

無量劫を過ぎ已って劫を大宝厳と名け

世界を離垢と名けん清浄にして瑕穢なく
瑠璃を以て地と為し金縄其の道を界い
七宝雑色の樹に常に華果実あらん

彼の国の諸の菩薩志念常に堅固にして
神通波羅蜜皆已に悉く具足し
無数の仏の所に於て善く菩薩の道を学せん

是の如き等の大士華光仏の所化ならん

仏王子たらん時国を棄て世の栄を捨てて
最末後の身に於て出家して仏道を成ぜん
華光仏世に住する寿十二小劫
其の国の人民衆は寿命八小劫ならん

仏の滅度の後正法世に住すること
三十二小劫広く諸の衆生を度せん
正法滅尽し已って像法三十二
舎利広く流布して天人普く供養せん
華光仏の所為其の事皆是の如し
其の両足聖尊最勝にして倫匹なけん
彼即ち是れ汝が身なり宜しく応に自ら欣慶すべし

爾の時に四部の衆比丘比丘尼優婆塞優婆夷天龍夜叉乾闥婆阿修羅迦楼羅緊那羅摩ゴ羅伽等の大衆舎利弗の仏前に於て阿耨多羅三藐三菩提の記を受くるを見て心大に歓喜し踊躍すること無量なり各各に身に著たる所の上衣を脱いで以て仏に供養す釈提桓因梵天王等無数の天子と亦天の妙衣天の曼陀羅華摩訶曼陀羅華等を以て仏に供養す所散の天衣虚空の中に住して自ら回転す諸天の伎楽百千万種虚空の中に於て一時に倶に作し衆の天華を雨らして是の言を作さく仏昔波羅奈に於て初めて法輪を転じ今乃ち復無上最大の法輪を転じたもう

爾の時に諸の天子重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言さく

昔波羅奈に於て四諦の法輪を転じ
分別して諸法五衆の生滅を説き
今復最妙無上の大法輪を転じたもう
是の法は甚だ深奥にして能く信ずる者あること少し
我等昔より来数世尊の説を聞きたてまつるに
未だ曾て是の如き深妙の上法を聞かず
世尊是の法を説きたもうに我等皆随喜す
大智舎利弗今尊記を受くることを得たり
我等亦是の如く必ず当に作仏して
一切世間に於て
最尊にして上あることなきことを得べし
仏道は思議しガタし
方便して宜しきに随って説きたもう
我が所有の福業今世若しは過世
及び見仏の功徳尽く仏道に回向す

爾の時に舎利弗仏に白して言さく世尊我今復疑悔なし親り仏前に於て阿耨多羅三藐三菩提の記を受くることを得たり是の諸の千二百の心自在なる者昔学地に住せしに仏常に教化して言わく我が法は能く生老病死を離れて涅槃を究竟すと是の学無学の人亦各自ら我見及び有無の見等を離れたるを以て涅槃を得たりと謂えり而るに今世尊の前に於て未だ聞かざる所を聞いて皆疑惑に堕せり善哉世尊願わくは四衆の為に其の因縁を説いて疑悔を離れしめたまえ

爾の時に仏舎利弗に告げたまわく我先に諸仏世尊の種種の因縁譬諭言辞を以て方便して法を説きたもうは皆阿耨多羅三藐三菩提の為なりと言わずや是の諸の所説は皆菩薩を化せんが為の故なり然も舎利弗今当に復譬諭を以て更に此の義を明すべし諸の智あらん者譬諭を以て解ることを得ん

舎利弗国邑聚落に大長者あらん其の年衰邁して財富無量なり多く田宅及び諸の僮僕あり其の家広大にして唯一門あり諸の人衆多くして一百二百乃至五百人其の中に止住せり堂閣朽ち故り牆壁頽れ落ち柱根腐ち敗れ梁棟傾き危し周ソウして倶時にコツ然に火起って舎宅を焚焼す長者の諸子若しは十二十或は三十に至るまで此の宅の中にあり

長者是の大火の四面より起るを見て即ち大に驚怖して是の念を作さく我は能く此の所焼の門より安穏に出ずることを得たりと雖も而も諸子等火宅の内に於て嬉戲に楽著して覚えず知らず驚かず怖じず火来って身を逼め苦痛己を切むれども心厭患せず出でんと求むる意なし舎利弗是の長者是の思惟を作さく我身手に力あり当に衣コクを以てや若しは几案を以てや舎より之を出すべき復更に思惟すらく是の舎は唯一門あり而も復狭小なり諸子幼稚にして未だ識る所あらず戲処に恋著せり或は当に堕落して火に焼かるべし我当に為に怖畏の事を説くべし此の舎已に焼く宜しく時に疾く出でて火に焼害せられしむることなかるべし是の念を作し已って思惟する所の如く具さに諸子に告ぐ汝等速かに出でよと父憐愍して善言をもって誘諭すと雖も而も諸子等嬉戲に楽著し肯て信受せず驚かず畏れず了に出ずる心なし亦復何者か是れ火何者か為れ舎云何なるをか失うと為すを知らず但東西に走り戲れて父を視て已みぬ爾の時に長者即ち是の念を作さく此の舎已に大火に焼かる我及び諸子若し時に出でずんば必ず焚かれん我今当に方便を設けて諸子等をして斯の害を免るることを得せしむべし父諸子の先心に各好む所ある種種の珍玩奇異の物には情必ず楽著せんと知って之に告げて言わく汝等が玩好するところは希有にして得難し汝若し取らずんば後に必ず憂悔せん此の如き種種の羊車鹿車牛車今門外にあり以て遊戲すべし汝等此の火宅より宜しく速かに出で来るべし汝が所欲に随って皆当に汝に与うべし爾の時に諸子父の所説の珍玩の物を聞くに其の願に適えるが故に心各勇鋭して互に相推排し競うて共に馳走し争うて火宅を出ず

是の時に長者諸子等の安穏に出ずることを得て皆四衢道の中の露地に於て坐して復障礙無く其の心泰然として歓喜踊躍するを見る時に諸子等各父に白して言さく父先に許す所の玩好の具の羊車鹿車牛車願わくは時に賜与したまえ

舎利弗爾の時に長者各諸子に等一の大車を賜う其の車高広にして衆宝荘校し周ソウして欄楯あり四面に鈴を懸け又其の上に於てケン蓋を張り設け亦珍奇の雑宝を以て之を厳飾し宝縄絞絡して諸の華瓔を垂れオンネンを重ね敷き丹枕を安置せり駕するに白牛を以てす膚色充潔に形体シュ好にして大筋力あり行歩平正にして其の疾きこと風の如し又僕従多くして之を侍衛せり所以は何ん是の大長者財富無量にして種種の庫蔵悉く皆充溢せり而も是の念を作さく我が財物極まりなし下劣の小車を以て諸子等に与うべからず今此の幼童は皆是れ吾が子なり愛するに偏黨なし我是の如き七宝の大車あって其の数無量なり当に等心にして各各に之を与うべし宜しく差別すべからず所以は何ん我が此の物を以て周く一国に給うともなお匱しからじ何に況んや諸子をや是の時に諸子各大車に乗って未曾有なることを得るは本の所望に非ざるが若し

舎利弗汝が意に於て云何是の長者等しく諸子に珍宝の大車を与うること寧ろ虚妄ありや不や舎利弗の言さく不なり世尊是の長者但諸子をして火難を免れ其の躯命を全うすることを得せしむともこれ虚妄に非ず何を以ての故に若し身命を全うすれば便ち為れ已に玩好の具を得たるなり況んや復方便して彼の火宅より而も之を抜済せるをや世尊若し是の長者乃至最小の一車を与えざるも猶お虚妄ならじ何を以ての故に是の長者先に是の意を作さく我方便を以て子をして出ずることを得せしめんと是の因縁を以て虚妄なし何に況んや長者自ら財富無量なりと知って諸子を饒益せんと欲して等しく大車を与うるをや

仏舎利弗に告げたまわく善哉善哉汝が所言の如し舎利弗如来も亦復是の如し則ち為れ一切世間の父なり諸の怖畏衰悩憂患無明暗蔽に於て永く尽くして余なし而も悉く無量の知見力無所畏を成就し大神力及び智慧力あって方便智慧波羅蜜を具足す

大慈大悲常に懈倦なく恒に善事を求めて一切を利益す而も三界の朽ち故りたる火宅に生ずること

衆生の生老病死憂悲苦悩愚痴暗蔽三毒の火を度し教化して阿耨多羅三藐三菩提を得せしめんが為なり

諸の衆生を見るに生老病死憂悲苦悩に焼煮せられ亦五欲財利を以ての故に種種の苦を受く又貧著し追求するを以ての故に現には衆苦を受け後には地獄畜生餓鬼の苦を受く若し天上に生れ及び人間に在っては貧窮困苦愛別離苦怨憎会苦是の如き等の種種の諸苦あり衆生其の中に没在して歓喜し遊戲して覚えず知らず驚かず怖じず亦厭うことを生さず解脱を求めず此の三界の火宅に於て東西に馳走して大苦に遭うと雖も以て患いとせず舎利弗仏此れを見已って便ち是の念を作さく我はこれ衆生の父なり其の苦難を抜き無量無辺の仏智慧の楽を与え其れをして遊戲せしむべし

舎利弗如来復是の念を作さく若し我但神力及び智慧力を以て方便を捨てて諸の衆生の為に如来の知見力無所畏を讃めば衆生是れを以て得度すること能わじ所以は何ん是の諸の衆生未だ生老病死憂悲苦悩を免れずして三界の火宅に焼かる何に由ってか能く仏の智慧を解らん舎利弗彼の長者の復身手に力ありと雖も而も之を用いず

但慇懃の方便を以て諸子の火宅の難を勉済して然うして後に各珍宝の大車を与うるが如く如来も亦復是の如し力無所畏ありと雖も而も之を用いず但智慧方便を以て三界の火宅より衆生を抜済せんとして為に三乗の声聞辟支仏仏乗を説く而も是の言を作さく汝等楽って三界の火宅に住することを得ること莫れ麤弊の色声香味触を貧ること勿れ若し貧著して愛を生ぜば則ち為れ焼かれなん汝等速かに三界を出でて当に三乗の声聞辟支仏仏乗を得べし我今汝が為に此の事を保任す終に虚しからず汝等但当に勤修精進すべし如来是の方便を以て衆生を誘進す復是の言を作さく汝等当に知るべし此の三乗の法は皆是れ聖の称歎したもう所なり自在無繋にして依求する所なし是の三乗に乗じて無漏の根力覚道禅定解脱三昧等を以て自ら娯楽して便ち無量の安穏快楽を得べし舎利弗若し衆生あり内に智性あって仏世尊に従いたてまつりて法を聞いて信受し慇懃に精進して速かに三界を出でんと欲して自ら涅槃を求むる是れを声聞乗と名く彼の諸子の羊車を求むるを為て火宅を出ずるが如し若し衆生あり仏世尊に従いたてまつりて法を聞いて信受し慇懃に精進して自然慧を求め独善寂を楽い深く諸法の因縁を知る是れを辟支仏乗と名く彼の諸子の鹿車を求むるを為て火宅を出ずるが如し若し衆生あり仏世尊に従いたてまつりて法を聞いて信受し勤修精進して一切智仏智自然智無師智如来の知見力無所畏を求め無量の衆生を愍念安楽し天人を利益し一切を度脱する是れを大乗と名く菩薩此の乗を求むるが故に名けて摩訶薩とす彼の諸子の牛車を求むるを為て火宅を出ずるが如し

舎利弗彼の長者の諸子等の安穏に火宅を出ずることを得て無畏の処に到るを見て自ら財富無量なることを惟うて等しく大車を以て諸子に賜えるが如く如来も亦復是の如しこれ一切衆生の父なり若し無量億千の衆生の仏教の門を以て三界の苦怖畏の険道を出でて涅槃の楽を得るを見ては如来爾の時に便ち是の念を作さく我無量無辺の智慧力無畏等の諸仏の法蔵あり是の諸の衆生は皆是れ我が子なり等しく大乗を与うべし人として独滅度を得ることあらしめじ皆如来の滅度を以て之を滅度せん是の諸の衆生の三界を脱れたる者には悉く諸仏の禅定解脱等の娯楽の具を与う皆是れ一相一種にして聖の称歎したもう所なり能く浄妙第一の楽を生ず

舎利弗彼の長者の初め三車を以て諸子を誘引し然して後に但大車の宝物荘厳し安穏第一なるを与うるに然も彼の長者虚妄の咎なきが如く如来も亦復是の如し虚妄あることなし初め三乗を説いて衆生を引導し然して後に但大乗を以て之を度脱す何を以ての故に如来は無量の智慧力無所畏諸法の蔵あって能く一切衆生に大乗の法を与う但尽くして能く受けず舎利弗是の因縁を以て当に知るべし諸仏方便力の故に一仏乗に於て分別して三と説きたもう

仏重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言わく

譬えば長者一の大宅あらん
其の宅久しく故りて復頓弊し
堂舎高く危く柱根摧け朽ち
梁棟傾き斜み基陛頽れ毀れ
牆壁やぶれさけ泥塗褫け落ち
覆苫乱れ墜ち椽梠差い脱け
周障屈曲して雑穢充徧せり

五百人あって其の中に止住す

鵄梟チョウ鷲烏鵲鳩鴿
ガン蛇蝮蠍蜈蚣蚰蜒
守宮百足鼬貍ケイ鼠
諸の悪虫の輩交横馳走す
屎尿の臭き処不浄流れ溢ち
コウロウ諸虫而も其の上に集まり
狐狼野干咀嚼践ドウし
死屍をザイ齧して骨肉狼藉し
是れに由って群狗競い来って搏撮し
飢羸ショウ惶して処処に食を求め
闘諍シャ掣し啀ザイゴウ吠す

其の舎の恐怖変ずる状是の如し
処処に皆魑魅魍魎
夜叉悪鬼あり人肉
毒虫の属を食ダンす諸の悪禽獣
孚乳産生して各自ら蔵し護る
夜叉競い来り争い取って之を食す
之を食して既に飽きぬれば悪心転た熾んにして
闘諍の声甚だ怖畏すべし
鳩槃荼鬼土ダに蹲踞せり
或時は地を離るること一尺二尺
往返遊行し縦逸に嬉戲す
狗の両足を捉って撲って声を失わしめ
脚を以て頚に加えて狗を怖して自ら楽しむ
復諸鬼あり其の身長大に
裸形黒痩にして常に其の中に住せり
大悪声を発して叫び呼んで食を求む
復諸鬼あり其の咽針の如し
復諸鬼あり首牛頭の如し
或は人の肉を食い或は復狗をクラう
頭髪蓬乱し残害兇険なり
飢渇に逼まられて叫喚馳走す

夜叉餓鬼諸の悪鳥獣
飢急にして四に向い窓ドをウカガい看る
是の如き諸難恐畏無量なり

是の朽ち故りたる宅は一人に属せり
其の人近く出でて未だ久からざるの間

後に宅舎に忽然に火起る
四面一時に其の焰倶に熾んなり
棟梁椽柱爆声震裂し
摧折堕落し牆壁崩れ倒る

諸の鬼神等声を揚げて大に叫ぶ
チョウ鷲諸鳥鳩槃荼等
周ショウ惶怖して自ら出ずること能わず

悪獣毒虫孔穴に蔵竄し
毘舎闍鬼亦其の中に住せり
福徳薄きが故に火に逼まられ
共に相残害して血を飲み肉をクラう
野干の属竝に已に前に死す
諸の大悪獣競い来って食ダンす
臭煙蓬ボツして四面に充塞す

蜈蚣蚰蜒毒蛇の類
火に焼かれ争い走って穴を出ず
鳩槃荼鬼随い取って食う
又諸の餓鬼頭上に火燃え
飢渇熱悩して周ショウし悶走す

其の宅是の如く甚だ怖畏すべし
毒害火災衆難一に非ず

是の時に宅主門外に在って立って
有人の言うを聞く汝が諸子等
先に遊戲せしに因って此の宅に来入し
稚小無知にして歓娯楽著せり

長者聞き已って驚いて火宅に入る
方に宜しく救済して焼害なからしむべし
諸子に告諭して衆の患難を説く
悪鬼毒虫災火蔓莚なり
衆苦次第に相続して絶えず
毒蛇ガン蝮及び諸の夜叉
鳩槃荼鬼野干狐狗
チョウ鷲鵄梟百足の属
飢渇の悩急にして甚だ怖畏すべし
此の苦すら処し難し況んや復大火をや
諸子知ることなければ父の誨を聞くと雖も
なお楽著して嬉戲すること已まず

是の時に長者而も是の念を作さく
諸子此の如く我が愁悩を益す
今此の舎宅は一の楽むべきなし
而るに諸子等嬉戲にタン湎して
我が教を受けず将に火に害せられんとす
即便思惟して諸の方便を設けて
諸子等に告ぐ我に種種の
珍玩の具妙宝の好車あり
羊車鹿車大牛の車なり
今門外にあり汝等出で来れ
吾汝等が為に此の車を造作せり
意の所楽に随って以て遊戲すべし
諸子此の如き諸の車を説くを聞いて
即時に奔競し馳走して出で
空地に到って諸の苦難を離る

長者子の火宅を出ずることを得て
四衢に住するを見て師子の座に坐せり
而して自ら慶んで言わく我今快楽なり
此の諸子等生育すること甚だ難し
愚小無知にして険宅に入れり
諸の毒虫魑魅多くして畏るべし
大火猛焰四面より倶に起れり
而るに此の諸子嬉戲に貧楽せり
我已に之を救うて難を脱るることを得せしめつ
是の故に諸人我今快楽なり

爾の時に諸子父の安坐せるを知って
皆父の所に詣でて父に白して言さく
願わくは我等に三種の宝車を賜え
前に許したもう所の如き諸子出で来れ
当に三車を以て汝が所欲に随うべしと
今正しく是れ時なり唯給与を垂れたまえ

長者大に富んで庫蔵衆多なり
金銀瑠璃シャコ碼碯あり
衆の宝物を以て諸の大車を造れり
荘校厳飾し周ソウして欄楯あり
四面に鈴を懸け金縄絞絡して
真珠の羅網其の上に張り施し
金華の諸纓処処に垂れ下せり
衆綵雑飾し周ソウ圍繞せり
柔軟のゾウコウ以て茵蓐と為し
上妙の細ジョウ価直千億にして
鮮白浄潔なる以て其の上を覆えり
大白牛あり肥壮多力にして
形体シュ好なり以て宝車を駕せり
諸のヒン従多くして之を侍衛せり
是の妙車を以て等しく諸子に賜う
諸子是の時歓喜踊躍して
是の宝車に乗って四方に遊び
嬉戲快楽して自在無礙ならんが如し

舎利弗に告ぐ我も亦是の如し
衆聖の中の尊世間の父なり

一切衆生は皆是れ吾が子なり
深く世楽に著して慧心あることなし

三界は安きことなし猶お火宅の如し

衆苦充満して甚だ怖畏すべし
常に生老病死の憂患あり
是の如き等の火熾然として息まず

如来は已に三界の火宅を離れて
寂然として閑居し林野に安処せり
今此の三界は皆是れ我が有なり
其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり
而も今此の処は諸の患難多し
唯我一人のみ能く救護を為す

復教詔すと雖も而も信受せず
諸の欲染に於て貧著深きが故に
是を以て方便して為に三乗を説き
諸の衆生をして三界の苦を知らしめ
出世間の道を開示演説す
是の諸子等若し心決定しぬれば
三明及び六神通を具足し
縁覚不退の菩薩を得ることあり

汝舎利弗我衆生の為に
此の譬喩を以て一仏乗を説く
汝等若し能く是の語を信受せば
一切皆当に仏道を成ずることを得べし
是の乗は微妙にして清浄第一なり
諸の世間に於て為めて上あることなし
仏の悦可したもう所一切衆生の
称讃し供養し礼拝すべき所なり
無量億千の諸力解脱
禅定智慧及び仏の余の法あり
是の如き乗を得せしめて諸子等をして
日夜劫数に常に遊戲することを得
諸の菩薩及び声聞衆と
此の宝乗に乗じて直に道場に至らしむ
是の因縁を以て十方に諦かに求むるに
更に余乗なし仏の方便をば除く

舎利弗に告ぐ汝諸人等は
皆是れ吾が子なり我は則ち是れ父なり
汝等累劫に衆苦に焼かる
我皆済抜して三界を出でしむ
我先に汝等滅度すと説くと雖も
但生死を尽くして而も実には滅せず
今作すべき所は唯仏の智慧なり
若し菩薩あらば是の衆の中に於て
能く一心に諸仏の実法を聴け
諸仏世尊は方便を以てしたもうと雖も
所化の衆生は皆是れ菩薩なり
若し人小智にして深く愛欲に著せる
此れ等を為ての故に苦諦を説きたもう
衆生心に喜んで未曾有なることを得
仏の説きたもう苦諦は真実にして異ることなし
若し衆生あって苦の本を知らず
深く苦の因に著して暫くも捨つること能わざる
是れ等を為ての故に方便して道を説きたもう
諸苦の所因は貪欲これ本なり
若し貪欲を滅すれば依止する所なし
諸苦を滅尽するを第三の諦と名く
滅諦の為の故に道を修行す
諸の苦縛を離るるを解脱を得と名く
是の人何に於てか而も解脱を得る
但虚妄を離るるを解脱を為と名く
其れ実には未だ一切の解脱を得ず
仏是の人は未だ実に滅度せずと説きたもう
斯の人未だ無上道を得ざるが故に
我が意にも滅度に至らしめたりと欲わず
我は為れ法王法に於て自在なり
衆生を安穏ならしめんが故に世に現ず

汝舎利弗我が此の法印は
世間を利益せんと欲するを為ての故に説く
所遊の方に在って妄りに宣伝すること勿れ

若し聞くこと有る者随喜し頂受せん
当に知るべし是の人は阿ビ跋致なり
若し此の経法を信受すること有らん者
是の人は已に曾て過去の仏を見たてまつりて
恭敬供養し亦是の法を聞けるなり
若し人能く汝が所説を信ずること有らんは
則ち為れ我を見亦汝
及び比丘僧竝に諸の菩薩を見るなり
斯の法華経は深智の為に説く
浅識は之を聞いて迷惑して解らず
一切の声聞及び辟支仏は
此の経の中に於て力及ばざる所なり
汝舎利弗尚お此の経に於ては
信を以て入ることを得たり況んや余の声聞をや
其の余の声聞も仏語を信ずるが故に
此の経に随順す己が智分に非ず

又舎利弗キョウ慢懈怠
我見を計する者には此の経を説くことなかれ
凡夫の浅識深く五欲に著せるは
聞くとも解すること能わじ亦為に説くことなかれ
若し人信ぜずして此の経を毀謗せば
則ち一切世間の仏種を断ぜん
或は復ヒン蹙して疑惑を懐かん
汝当に此の人の罪報を説くを聴くべし
若しは仏の在世若しは滅度の後に
其れ斯の如き経典を誹謗することあらん
経を読誦し書持することあらん者を見て
軽賎憎嫉して結恨を懐かん
此の人の罪報を汝今復聴け
其の人命終して阿鼻獄に入らん
一劫を具足して劫尽きなば更生れん
是の如く展転して無数劫に至らん

地獄より出でては当に畜生に堕つべし
若し狗野干としては其の形コッ痩し
リタン疥癩にして人に触ニョウせられ
又復人に悪み賎まれん
常に飢渇に困んで骨肉枯竭せん
生きては楚毒を受け死しては瓦石を被らん
仏種を断ずるが故に斯の罪報を受けん
若しはラク駝と作り或は驢の中に生れて
身に常に重きを負い諸の杖捶を加えられん
但水草を念うて余は知る所なけん
斯の経を謗ずるが故に罪を獲ること是の如し
有は野干と作って聚落に来入せば
身体疥癩にして又一目なからんに
諸の童子に打擲せられ
諸の苦痛を受けて或時は死を致さん
此に於て死し已って更に蟒身を受けん
其の形長大にして五百由旬ならん
聾ガイ無足にしてエン転腹行し
諸の小虫にソウ食せられて
晝夜に苦を受くるに休息あることなけん
斯の経を謗ずるが故に罪を獲ること是の如し

若し人と為ることを得ては諸根暗鈍にして
ザ陋レン躄盲聾背傴ならん
言説する所あらんに人信受せじ
口の気常に臭く鬼魅に著せられん
貧窮下賎にして人に使われ
多病ショウ痩にして依怙する所なく
人に親附すと雖も人意に在かじ
若し所得あらば尋いで復忘失せん
若し医道を修して方に順じて病を治せば
更に佗の疾を増し或は復死を致さん
若し自ら病あらば人の救療することなく
設い良薬を服すとも而も復増劇せん
若しは他の反逆し抄劫し窃盗せん
是の如き等の罪横まに其の殃に羅らん

斯の如き罪人は永く仏
衆聖の王の説法教化したもうを見たてまつらじ

斯の如き罪人は常に難処に生れ
狂聾心乱にして永く法を聞かじ
無数劫の恒河沙の如きに於て
生れては輒ち聾瘂にして諸根不具ならん
常に地獄に処すること園観に遊ぶが如く
余の悪道に在ること己が舎宅の如く
駝驢猪狗是れ其の行処ならん
斯の経を謗ずるが故に罪を獲ること是の如し

若し人と為ることを得ては聾盲オン瘂にして
貧窮諸衰以て自ら荘厳し
水腫乾ショウ疥癩癰疽
是の如き等の病以て衣服と為ん
身常に臭きに処して垢穢不浄に
深く我見に著して瞋恚を増益し
淫欲熾盛にして禽獣を択ばじ
斯の経を謗ずるが故に罪を獲ること是の如し
舎利弗に告ぐ斯の経を謗ぜん者
若し其の罪を説かんに劫を窮むとも尽きじ
是の因縁を以て我故に汝に語る
無智の人の中にして此の経を説くことなかれ

若し利根にして智慧明了に
多聞強識にして仏道を求むる者あらん
是の如きの人に乃ち為に説くべし
若し人曾て億百千の仏を見たてまつりて
諸の善本を植え深心堅固ならん
是の如きの人に乃ち為に説くべし

若し人精進して常に慈心を修し
身命を惜まざらんに乃ち為に説くべし
若し人恭敬して異心あることなく
諸の凡愚を離れて独山沢に処せん
是の如きの人に乃ち為に説くべし

又舎利弗若し人あって
悪知識を捨てて善友に親近するを見ん
是の如きの人に乃ち為に説くべし
若し仏子の持戒清潔なること
浄明珠の如くにして大乗経を求むるを見ん
是の如きの人に乃ち為に説くべし

若し人瞋なく質直柔軟にして
常に一切を愍み諸仏を恭敬せん
是の如きの人に乃ち為に説くべし
復仏子大衆の中に於て
清浄の心を以て種種の因縁
譬諭言辞をもって説法すること無礙なるあらん
是の如きの人に乃ち為に説くべし

若し比丘の一切智の為に
四方に法を求めて合掌し頂受し
但楽って大乗経典を受持して
乃至余経の一偈をも受けざるあらん
是の如きの人に乃ち為に説くべし
人の至心に仏舎利を求むるが如く
是の如く経を求め得已って頂受せん
其の人復余経を志求せず
亦未だ曾て外道の典籍を念ぜじ
是の如きの人に乃ち為に説くべし

舎利弗に告ぐ我是の相にして
仏道を求むる者を説かんに劫を窮むとも尽きじ
是の如き等の人は則ち能く信解せん
汝当に為に妙法華経を説くべし

 

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